とうとう日記が月記となってしまった。仕事がばたばたと忙しく、春休みは三食作ったり、弁当作ったり。忙しくても夜はお酒が飲みたくなったり。お酒が飲める時間があるので、ほんとうは忙しくないのだろう。
春休みは宿題がない。ないとしたくなるのであろう、赤○先生のテキストを毎日二日分やっている。やらないときは全くやらず、やり始めるとやりすぎというくらい。どうやら父親に似てしまったらしい、このムラな性格。
仕事と興味と両方で、「悲しみが乾くまで」という映画を観た。アメリカ映画だが、ハリウッド的ではないデンマーク人監督の、内に秘めるような思いが伝わってきた。最愛の人を亡くした女性と親友。生きていかなければならない理由を見失いかけ、それでも生きていくうちに、再生していく様子を、とても丁寧に撮っていた気がする。悲しみ押し付けの日本映画とは大違い。
今日あままが「今まで生きてきて一番うれしかったときはいつか」と聞くので、今現在とあままが生まれた日と答えた。生まれたときは、うれしくてたまらなかった。今は、毎日一緒に生活できて、笑顔を見ることが出来る。これは毎日幸せだ、と。すると「たーちゃ、ママと結婚してくれてありがとう。ままとたーちゃの組み合わせじゃないと、私は生まれてこなかったから」と真顔で言うので、これはなんと賢い新3年生なのかと久しぶりの親バカな発想をした。本人、真顔で通したかったみたいだが、ママの話を始めたら涙ぽろぽろ次第に泣きじゃくるように。
今年になってから、あまま2回目の涙だった。
幸せだが、もっと幸せだった可能性があるのかもしれない、ママが天国へ行く前に忘れ物をして帰ってくれば、まだ生きていたかもしれない。そうしたら、私たちどうなっているのだろうか。などと言うので、しばらく返答も出来ず抱っこ。「たーちゃはお父さんが亡くなった時悲しかったけど、今は悲しみより心の中でずっと一緒にいるので、昔より好きで、昔よいり安心だ。きっとあままもたーちゃも、あと何年かすると、幸せな気持ちがいっぱいになる時があるよ」「でも、いっぱい話をしたいことがある。顔を見たい時もある」というので、「100歳でたーちゃが死んだらママに会うから、そしたら先にママとたくさんしゃべっている。あままが100歳で天国へ来たら、また三人で200年くらい話し続けよう。そのための話の種をいっぱい仕入れておこう」というと頷いて眠りかけたが、しばらくして「仕入れって何?」と普通に戻っていた。
今月日曜日に休める日がないので、この前の日曜日、友人の家に遊びに行った。もう30年近い付き合いで、47歳の新前パパ。6ヶ月の男の子をあままと交代で抱っこして一緒に遊んだが、赤ちゃんを抱く感覚が懐かしい。あままはなかせるといけないと、ちょっと怖がっていた様子だが、帰りの車で「こんどOOちゃんたちが用事があるときは、私が預かってあげる」と豪語していた。女の子だな〜と思う。
孫を抱くまで、頑張らないと。
さ〜て、あしたも頑張るか〜 テーマ:シングルマザーの子育て奮闘記録 - ジャンル:育児
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